大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和24年(オ)275号 判決

東京都大田区久ケ原町八九三番地

上告人

三木多笑

右訴訟代理人弁護士

岡田實五郎

同都中央区八丁堀四丁目七番地の一〇

被上告人

柴田定雄

同都大田区安方町三八番地

栗山秀彌

右当事者間の土地売買契約無效確認等事件について、東京高等裁判所が昭和二四年一〇月一三日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨上告の申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士岡田實五郎の上告理由について。

原判決の確定したところによると被上告人両名は先きに原告となり、上告人を被告として被上告人両名が昭和一六年三月六日上告人からその所有にかかる本件物件を買受け、その所有権を取得した事実を請求原因として、本件物件の所有権の確認、その他を求める訴を東京地方裁判所に提起し、同庁昭和一七年(ワ)第二六三六号事件として繋属したが審理の結果昭和二〇年一月三〇日被上告人等勝訴の判決の言渡があり、上告人は之に対し大審院へ上告を申立てたが、昭和二一年七月一三日上告棄却の判決があり、右被上告人勝訴の判決が確定したこと及び右事件の事実審の最終口頭弁論期日が昭和一九年八月二九日であつたというのであるから右確定判決は訴訟物たる本件物件に対する被上告人両名の所有権につき既判力を生じ、上告人は右事件において提出できた事由即ち、事実審の最終口頭弁論期日たる昭和一九年八月二九日以前の事由をもつては最早や本件物件の所有権が被上告人両名に属することを争い得ないのである、ところが上告人が本訴において主張するところは、前訴において請求原因となつている本件物件の売買契約が(一)強行法規に違反するため無效であること、(二)要素に錯誤があつたから無效であること、(三)行政官庁の認可がなかつたから無效であること等を理由とするものであるから右事由は前訴の最終口頭弁論期日前に存在し且同期日までに提出できたものであることは明かである、そして上告人が本訴において訴求するものは右事由により前記売買契約が無效であることの確認、並びに本件物件の所有権が以前上告人にあることを理由とする本件物件の被上告人両名名義の所有権取得登記の抹消登記手続及び、これが引渡請求であるが本件売買契約の無效確認の請求は畢竟するに売買契約の無效なことを理由として本件物件に対する所有権が上告人にあることの確認を求める趣旨に外ならないものであるから、本訴は結局前訴の既判力に牴触するものといわなければならない、然らば右と同一趣旨に出でた原判決は正当で所論のような違法なく論旨は理由がない。

上告人の上告理由第一点及び第二点について。

基本たる口頭弁論に関与しない判事でも判決の言渡に関与することを妨げるものではなく、また、判事の更迭があつても判決の言渡については弁論を更新する必要はない。従つて原判決を言渡した判事のうちに基本たる口頭弁論に関与しない判事があつても何等の違法なく論旨はいずれも理由がない。

同第三点について。

本件物件の所有権について確定判決があつた以上それが農地の所有権であるか、宅地の所有権であるかによつて、既判力が左右されるものではないから、原判決には所論のような違法なく論旨は理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

昭和二四年(オ)第二七五号

上告人 三木多笑

被上告人 柴田定雄

外一名

上告代理人弁護士岡田實五郎の上告理由

原判決は民事訴訟法第百九十九条及び民法第百七十六条の解釈を誤まつた違法がある。

一、原判決の確定せる事実は東京地方裁判所昭和十七年(ワ)第二六三六号事件で「本件土地は被上告人の所有なることを確認する。」との判決が昭和二十一年七月十三日確定したこと、本件はその確定後に「本件の土地の売買契約は無效だから被上告人の所有権登記を抹消せよ」との訴を提起したことであり、この事実に基いて原判決は上告人の請求は既判力に関する規定の違反として上告人の請求を棄却した。

凡そ民事訴訟法第百九十九条に謂う「主文ニ包含スルモノニ限リ既判力ヲ有スル」とは主文それ自体ではなく、主文と直接関係のある権利又は法律関係が確定力を有するものと解すべきである。

直接関連する権利又は法律関係とは主文を産み出す直接の権利又は法律関係である。例えば主文に於いて所有権を確認するとある場合は所有権の存否につき確定力があるのであつて、その所有権の存否の前提たる法律関係には確定力がない。

今茲にその例を大審院判例に採るに「所論乙第六号証ハ曩ニ長崎控訴院ガ本件当事者間ニ於ケル別訴訟事件ニ付キ本件山林ノ立木ガ被上告人ノ所有ニ属スルコトヲ確定シタル判決書ナリト雖モソノ確定力ハ該立木ノ所有権ガ被上告人ニ属スルコトニ付テノミ生ズルニ止マリ如何ニシテ被上告人ガソノ所有権ヲ得タルモノナリヤノ理由ニハ及バザルモノトス」(昭和三年(オ)第二五二号同年八月一日民四判評論十八巻民訴二四三頁参照)とある。

しからば「所有権を確定する」との主文は所有権の存否についてのみ確定力があるが、その所有権を取得した理由即ち所有権を得るに至つた前提事実、換言すれば所有権を得たのが売買契約によるか、贈与契約によるか、又は時效によるか、先占によつて得たかの事実、即ち法律関係にはその確定力が及ばないといわねばならない。

しかるに原判決の理由によれば「売買の無效確認の請求は売買の無效なことを理由とする売買当時の法律関係の存在確認の請求に外ならないから、本件に於いては売主たる控訴人に本件物件の所有権の存在することを求める趣旨と同一に帰する……」といつている。

なる程売買契約の無效確認は売買当時の法律関係の存在確定の請求であり延いてはそのことが所有権の存否に影響を及ぼすことにはなろうが「所有権を確認する。」との主文に対しては売買当時の法律関係の存否よりの問題は直接的ではなく間接的であるといわねばならない。

何となれば所有権の取得原因には売買なることもあり、贈与なることもあり、時效取得なることもあり、その原因に至つては一定するところがないからである。

民法第百七十六条によれば「物権ノ設定及ビ移転ハ当事者ノ意思表示ノミニ因リテ其ノ效力ヲ生ズ。」とある。

それは物権の得喪変更は無因行為であることを意味するのである。即ち物権の得喪変更の原因が売買たると贈与たるとには何の関係もないとの意である。

果して然らば主文に於いて「所有権を確認する」とあるときは所有権の存否についてのみ確定力を有するのであつてその所有権を得るに至つた原因即ち売買契約の如きは主文には直接的の法律関係とはいい難い。

二、又原判決はその理由に於いて「所有権登記の抹消を求めていることは……所有権の存否の確定を求めると同一趣旨……」だといつているがそれは売買契約は無效だという結論に到達した場合の結果的の請求であつて所有権の存否に直接関係するものではない。

不動産登記法第三十六条第五号によれば申請書には「登記原因及ビソノ日附」と規定しておりその登記原因は本件の場合は「売買契約」である。

「売買契約」がないこと即ち無效だということになればその登記は抹消されねばならぬことは理の当然である。

然らばその所有権があるかないかということは登記抹消には直接の関係ではない。

果して然らば原判決はよろしく上告人の本訴につき実体に立入つて審理をしなければならぬ職責を有するに拘らずこれを為さずして本訴は民事訴訟法に所謂既判力に違反するからとて門前払いをしたことは法律の解釈を誤まつたものであるから破毀されたい。

以上

昭和二四年(オ)第二七五号

上告人 三木多笑

被上告人 柴田定雄

被上告人 栗山秀彌

上告人本人の上告理由

原判決ハ民事訴訟法第百八十七条ノ規定ニ違反シテ為サレタル違法ガアル。

第一 原判決ノ言渡期日ハ昭和二十四年十月十三日デアツタガ、此判決言渡ニ関与シタル裁判官ハ渡邊葆、牛山要、山田要治ノ三裁判官タルコトハ上告代理人(控訴代理人)ニ送達セラレタル判決正本ノ記載ニヨリテ明白デアル。而ルニ右判決言渡期日ニ列席シテ判決言渡ヲ為シタル裁判官ハ右期日ノ口頭弁論期日ノ調書ニ依ルニ裁判長判事渡邊葆判事、牛山要判事猪俣幸一、裁判所書記池田鹿雄列席シテ弁論ヲ公開シ事件ノ呼上ゲヲシタトコロ当事者双方不出頭裁判長判決原本ニ基キ主文ヲ朗読シテ判決ヲ言渡シタリトアリテ民事訴訟法第百八十七条ニ規定セル判決ハ其ノ基本タル口頭弁論ニ関与シタル判事之ヲ為ストアル規定ニ違反シ、本案口頭弁論ニ関与セザル判事猪俣幸一氏ガ原判決言渡ニ列席シテ言渡サレタル判決ナルコトハ基本タル口頭弁論期日タル原審昭和二十四年九月十五日午前十時ノ口頭弁論調書ト対比スレバ明白ニシテ民事訴訟法第百八十七条第一項ニ違反シテ為サレタル違法ナル判決言渡ナルヲ以テ原審判決言渡ハ仮令三人ノ判事ノ立会イアリタルトスルモ同条ニ違反シテ為サレタル判決言渡ハ其效力ナク、従テ原判決ハ此点ニ於テ破毀差戻サルベキ違法ノ言渡判決ナリ。

第二 而カモ原判決言渡ニ当リテハ民事訴訟法第百八十七条第二項ノ規定ニ依ル更新手続ヲ経由スルコトナク、判決言渡ヲ為シタル違法アリ、即チ広義ノ口頭弁論期日タル判決言渡期日ニ猪俣幸一判事ガ更迭ニヨリ出廷セラレタルモノナレバ前記法条ニヨリ弁論更新ノ法定手続ヲ履践スルヲ要スルモノナルモ原審ハ此手続ヲ履ムコトナク判決言渡ヲ為シタルハ同条ニ違反シ違法ノ判決言渡ナレバ、原判決ハ破毀差戻サルベキモノト信ズ。

第三 原審判決ハ審理不尽、理由齟齬ノ違法アリ。

原審判決ニ説示サレタル理由中「然ラバ右確定判決ノ既判力ノ效果トシテ控訴人ハ右事件ニ於テ提出スベキデアツタ事実審ノ最終ノ口頭弁論期日デアル昭和十九年八月二十九日以前ノ事由ヲ以テハ最早本件物件ノ所有権ガ被控訴人等ニ属スルコトヲ争イ得ナイモノデアルガ」ト説示シヲルモ上告人ハ本件ニ於テ請求スルトコロハ原審説示ノ如ク、単純ナル所有権ヲ指称スルモノニアラズシテ、農地所有権ニ関スル問題ナルトコロ、原審ハ農地ナリヤ宅地ナリヤノ点ニ付何等審案スルトコロナク東京地方裁判所昭和十七年(ワ)第二六三六号事件ガ昭和二十一年七月十三日上告棄却ノ判決言渡ニ依ツテ右判決ガ確定シタ事実ガ認メラレルシ云々、然ラバ右確定判決ノ效果トシテ云々、最早本件物件ノ所有権ガ被控訴人等ニ属スルコトヲ争ヒ得ナイモノデアルガ」ト説示スレドモ農地所有権ト宅地所有権ニ付テハ農地調整法、自作農創設特別措置法、農地管理令農地価格統制令、宅地建物価格統制令、地代家賃統制令等ニ於テ其適用ヲ異ニセルハ公知ノ事実ナリ、従テ同ジク所有権ト称スルモ農地所有権ト宅地所有権トハ法律ノ運用適用ニ付テハ相違スル規格存スルモノナルコト明白ナルニ拘ラズ、原審ハ所有権確認ナル判決主文ヲ以テ、上告人ノ主張スル農地所有権ニ付テモ既判力アリトナシテ上告人ノ請求ヲ排斥シタルハ審理不尽ノ違法アリ。

而カモ右確定判決ヲ為セル第一審裁判所ニ於テ被上告人ガ昭和十年三月八日上告人ニ対シ、本件目的物件ヲ買戻セトノ申出ニ対シ上告人ハ之ヲ承諾シタル事実ニ付キ、右第一審裁判所ハ被上告人ガ右申出ハ諧謔ニ出デタルモノナルニヨリ、其效ナシトナシタ上告人ニ敗訴ノ判決ヲ言渡サレタレドモ斯ル被上告人ガ上告人ニ対シテナシタル買戻スベキコトノ意思表示ハ其表示行為ニヨリ上告人ノ所信ニ公信力ヲ与エタルモノナレバ、被上告人ハ禁反言則ヲ阻却シ得ベカラザルハ信義則若クハ経験則ニヨリテ自ラ買戻スベキコトノ表示行為ヲ阻却シ得ザルモノナルニ拘ラズ、此原則ヲ無視シ何等客観的証拠ニ基カズシテ諧謔ナル言辞ヲ以テ禁反言則ヲ阻却シタル第一審判決ハ理由不備ノ判決ナリトス、然モ右判決ヲ以テ既判力アリトナシ、且ツ農地所有権ナリヤ宅地所有権ナリヤヲモ判決主文ニ表示セズシテナシタル前記第一審判決ハ理由不備、審理不尽ノ違法アルモノナルニ拘ラズ、此明白ナル違法判決ニ既判力アリトノ前提ノ下ニ本件上告人ノ請求ヲ排斥シタル原審判決ハ審理不尽、理由不備ノ違法アリ、寧ロ原審判決ハ上告人ノ主張ヲ誤断セルニ基クモノナリ。

以上

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